可能性をクリエート
輝く瞳、イキイキとした表情…
それは自分自身の鏡でもある。
就職とは、社会人としての第一歩を踏み出すことである。
しかし、就職後3年程度の間に、社会人としての生涯の基礎がつくられる・・・・・としたら、ことは重大である。
良いところに就職をするためには、受け入れ側に人間を本気で育てようとする意志や、情熱や、体制ができているか……、そこにどの様な人間が集まっているかに眼を凝らすべきなのである。
つまり、業種の違いや、その規模や知名度ではなく、最初に出会う上司によって、“きみ達の将来の90%が決定される”……のだということを、強く認識しなくてはならない。
当所の所員一人一人がいきいきと活気に満ち、思いっきり活動ができるのは、すこぶる良好な人間関係に支えられているからである。私たちの活動の基本は、自分に何ができるかではなく、他人に何ができるかを常に優先させることである。つまり、周囲の人々や子供たちの一人ひとりに何が出来るか……という考えに基づいて行動することである。自己の力はその結果であることに過ぎない。
就職とは、『人間とのめぐり逢い』である。また、『人生を賭けることのできる仕事にめぐり逢う』ことでもある。仕事に誇りを感じ、夢を描くことができ、実績を築き上げた時に得るものが、自己の『人格の向上』であることを意識し自覚できることなのだ。
当所は、私立幼稚園の園児を対象に『幼児体育』の指導という新分野を切り開き先駆を成して来た。体育畑に新しい職業の場を広めることにもなるのだが、……残念ながら現在この世界の大半が、まだ一定のレベルに達しているわけではない。それは、幼児体育を『幼児教育としての体育』として捉える能力に欠けているか、それに伴う膨大な労力を嫌うからである。
私達の40余年の歴史には《指導要綱の完成》と《指導方法論の確立》《質の高い教師養成》への道のりが秘められている。勿論、それらは幾多の紆余曲折を経て形成されて来たものである。ただし、一貫して変わらなったのは“教育の本質追求”であった。
人間としての存立基盤のすべてを備えた幼児には、無限の可能性が潜んでいる。その上、現場の子供たちは、圧倒的にエネルギッシュなのだ。本気で仕事に打ち込むことのできる“本物の教師”には、子供たちの“本物の反応”がある。学校の教職に就く者が、安易に名誉を求め自己保身に走ったり、就職を生活安定の手段としか考えられない者からは、生命の輝きや、誇りや、確固たる人生の目標は生まれない。
『研究所の人達は誰が来ても素晴らしい』『研究所の新人はどんな人でも一年間で一人前にするのですね!』……、という周囲の評価や『どうしてこんなに人が変わるのだろう・・・・・?』という疑問への答えは、私達が、教育現場の総てのシチュエーションに普遍である“教育の本質把握能力”と所員の“自己管理や自己改革を養成する能力”に優れているからである。意欲に満ちた諸君の入所を、全所員が強固なスクラムで迎えたいと思う。
翔べ高らかに!! 明日に向かって……。
所長 伊東昭義
